群馬県北西部の山村地域で江戸時代から盛んに生産されていた絹糸、数万年の時間をかけて生物が作り出した鉄鉱石を採掘していた群馬鉄山。かつて家族総出で光り輝く絹糸をつくり、質の高い群馬県産の絹糸は世界を席巻しました。そして戦時中から戦後にかけて、山深い森から採掘された鉄鉱石を運ぶための線路が引かれ、駅舎の周辺には明かりが灯り、里山は働く人で賑わっていたと聞きます。
現在では養蚕農家や桑畑の殆どは無くなり、鉄鉱石を運んだ線路と駅は最近まで土に埋もれていました。かつて産業が盛んであった時代に爆発的に増えた人口の面影は、多くの空き家や廃校、掘り起こされた近代遺跡から当時の様子が思い起こされます。
この終焉を迎えた絹糸と鉄鉱石の時代から、現代アートという新しい風が吹いています。中之条ビエンナーレでは、かつての「光ノ山」を理想郷と仮定し、私たちがいま立っているこの土地の未来を描くことを試みます。
民俗学者や文学者がかつて描いた世界、常世、ニライカナイ、イーハトーブのような理想郷の一つとして、「光ノ山」に私たちは辿り着くことができるのでしょうか。中之条ビエンナーレ2025は10回目を迎え、新たな展開が始まります。この美しい山々の物語が、未来への希望となることを願っています。
総合ディレクター 山重徹夫
地域とアート<共存するということ>
中之条ビエンナーレは2007年の開催より、海外作家も含めた多くの参加作家と地域住民との交流を続けてきました。伝統行事への参加や食文化での交流など、地域に積極的に関わってきた作家も多く、家族のような繋がりが続いているという話をよく耳にします。何よりも地域がそれを受け入れ、楽しんでいるということを大変嬉しく思います。
中之条町に移住した作家の中には外国人作家も含まれ、山村に暮らす人々にとって異文化に触れる機会が少しずつ増えています。また、そういった交流は、自身の地域特有の文化など他者からの目線でないと気づき得ないことを私達に教えてくれます。このように、芸術文化国際交流は、自身の文化を知るための重要な役割となっています。
2013年にヴェネツィアビエンナーレと同時開催されたパビリオンゼロでは、中之条町の芸術への取り組みを映像で紹介する場をいただいたほか、中之条町出身アーティスト(現在ロンドン在住)のmasumi.w.saitoによる、伝統芸能である獅子舞をテーマにしたパフォーマンスが行われました。私自身が、この経験により中之条町の文化の魅力を再認識し、この文化をさらに多くの人たちに伝え守っていく必要性を感じました。
毎回、中之条ビエンナーレのオープニングでは、地元の人たちがアーティストと共演する舞台が作られます。主にステージでパフォーマンスを行うのは地元の子供たちであり、そして音楽は伝統芸能の楽団という地域文化を支えている人たちが担当します。ジャズと雅楽、コンテンポラリーダンスと神楽など異なるジャンルとのコラボレーションを、参加者は観客以上に楽しみながら一団となって舞台をつくっています。このように地元の人たちが国内外で活躍するアーティストと共演することで、新しい芸術をつくりだしながら伝統文化を繋いでいくという、とても面白い取り組みになっています。
2014年には、中之条町と同じく「最も美しい村連盟」 に加盟する北イタリアの小さな町アーゾロを訪れ、美術祭と映画祭といった芸術文化発信への取り組みや、美しい自然に寄り添った山村の暮らしを視察してきました。都会のような利便性はないものの、その美しい風景の中に続く暮らしは、群馬の山村文化と重なるものがありました。
近年は、個性を失いつつある都市に代わって、地方から文化を発信するという流れが大きくなり、個性的な地方には沢山の観光客が集まっています。自然や温泉といった観光スポットだけではなく、もっと人々の暮らしに根付いている祭りや習慣などの見えづらい部分にも焦点を当て、この土地で脈々と受け継がれた美しい文化を伝えていきたいと思います。
この芸術文化国際交流によって、地域が自信に満ち中之条独自の文化が後世に繋がっていくことを願います。
総合ディレクター 山重徹夫